<   2016年 10月 ( 6 )   > この月の画像一覧
終わりのない旅に振り向けば君たちがいる。
今夜は暴風雨で調子悪いかも。だけれども、そんな自分も好きだから仕方ない。
なんとか大丈夫に充分しのげる家に住ませてもらえて、ありがたい。

今日は助けるって言うことを考えていた。
それで、思った結果このようになった。

無理でも一人を助けたいと心底思って、がんばって何とか助けようとするなら、
できるなら、たぶん助ける対象の人が10人にでもなろうが助けられる。
10人助けられるだけのひとだったら、努力すれば30人くらいは簡単に助けられるだろうから、
小学校の先生にでもなったらいい。というか、なってほしいし人助けに向いているのだろう。

だけど、目の前の一人ですら助けることができないやつが、
40人助けることを生業とする中学校の先生をやってたりするんだったら、わらうしかない。

結局、人を助けたいと思うなら、まず自分が助からないと他人を助けてあげられない。
私は助けてほしいから、ほかの人を助けたいと思うのだけれど、
できるのは、私が助かったところの分だけしか助けてあげられない。

お金を貸してほしい、という人にただ、貸すのが人助けとは限らない。
たすけてくれ、といわれて助けないのが、結果的に助けていることになるという場合もある。
突き放して冷たくするのも助けることだと、友情も愛情も捨てて放られた経験が、
冷たくされた側から見れば、やつは自我で冷たくしたのに、彼の成長のためと冷たくした。
結局助ける側の人は、万能性バランス性公正が必要だし、そういうのを持っている人が、
上にいけているという部分は、ある程度認めなければならないとも思った。間違ってないから。
私にも自我はあるし、公正になんて裁けない。そもそも人を見るセンスがない。
ただ、助けてくれている人に頼っているだけ。人だけとも限らないか、、、。

c0008771_19404180.jpg

[PR]
by premiertack | 2016-10-05 20:06 | 日常の出来事
仮3。
妹が結婚した年の秋。
信頼していた友人と、興味があった女の子にどん底に裏切られた。

未完 10/5 pm7:38

c0008771_20490270.jpg

[PR]
by premiertack | 2016-10-04 20:50 | 日常の出来事
仮2。
よく、歌手の人が結婚する友人に歌を作って大ヒット、
っていう感じのイメージで、なんか出来事に思いつきで、
歌を作るという理由で、勉強できるかもと思ったところ、
やっぱ、基礎的な勉強と練習と、書きだめて置くとか、
原型をいくつも持つとか、展開をとか地道が全然ないというところにぶち当たる。

時間あるときに、こつこつが、大きいときにパズルがはまるように、
という感じで

未完 10/5 pm7:38

c0008771_19222779.jpg

[PR]
by premiertack | 2016-10-04 20:46 | 日常の出来事
僕はなぜ悩むのか。
せっかくだから、続けて読書することにした。今読める時期かも。(もうむりか)
馬はなぜ走るのかっていう本で、辻谷さんという方は競馬コラムでよく目にする。

私は理論派の人が書く、エモーショナルな文章を求めていると思った。
そのくせ、肝心の理論は飛ばし気味で「難しい」とやり過ごす。

やさしいサラブレッド学でこれだけ難しい。
もっと好きにならないと、知識は得られないのかも。。。
(だから競馬で喰えない。ってだけで考えすぎなのかな)

c0008771_23145672.jpg

[PR]
by premiertack | 2016-10-03 23:53 | 日常の出来事
仮。
知らないということは、知れるということがセットである。
いつものけ者とかはずされたりした、知らされないで、
信用してもらえなかった思い出ばかりだけれど、

知らないというのは、知れるというのと、知った瞬間に対処する機会がある、
ということが面白いところで、あらかじめ用意してある、
いろいろと可能性を考える、それ以外のところにある知、
に関して、心というものは動かされることが多いと思う。

知識を詰め込む、は、機会知る機会に関して感謝感動を薄めてしまう。
いいな、と思ったときに勉強するのが一番知ることが楽しい。

いいな、楽しいな、知りたいな、は大事にしなければならない。
けれど、大事じゃないときには、知りたくない。

10/5 pm7:37 
c0008771_19474795.jpg
c0008771_19555955.jpg

c0008771_19571843.jpg



[PR]
by premiertack | 2016-10-03 20:28 | 日常の出来事
苦瑠璃。
この週末一冊本を読めた。くるりのことという本だった。
私がくるりを聴きはじめたのは、結構遅かったのですが、
いろいろ本を読んでいると、結構わくわくするもので、
私がこれをしていたときに、とか、思い出とともに、
あー、そういう世界があるのとか、一貫の苦しさとか成績の低下とか、
なんか、いろいろ夢が広がった。

そうだったな。私は高校生大学生なんか社交性まるでなくて、
へんなプライドがあったり、肝心なところまったくなかったりで、
そうだったからこそ、無意識に人を遠ざけて今ここで笑ってくるりを聴いていられて、
応援ができるんだなって思う。(殺伐としていたのはみんな感じていたのか)

ともあれ、音楽的な話になるとまったくわからないし、
人間的なことも、あんまりわからないけれど、理由があって結果があって過程がある。
そんなものの光跡が音楽として残っている、そのうえ芸術をエンターテイメントとして、
っていうのは、ハイブリッドでセンシチブで絵でいうなら新作の3Dアートが時代に合う(?)。

本自体面白かったけれど、少し違和感もあって(あくまで個人的な主観)、
最新の(?)ピアーというアルバムが5年先をいっている、
ロックンロールハネムーンというのがとくにそう、というのだけれど、
これが何度か聴いても、音楽的なことなのか全然先進性がわからない。
そもそもこのピアーというアルバムは全体としてすごく聴きやすくて、
ずっとリピートしても、いらっと来ることがないけれど、くるりっぽいけど新しい(?)、
っていうのがわからないのだ。

でも、5年前として、魔法のじゅうたんという曲だと、何回も聴いたはずなのに、
いまさら、ピーナッツとか云々でなく、それゆけピアノってフレーズが、
なんかとても新しい感じがしたりするのが、なんでピアノなんやろうって、
いまさら私が引っかかってしまうので、たぶん、数年先には全然感じが違うのだろう。
犬とベイビーとか、何でこの曲で涙が出るとか思ったりもするし。
あと、ジュビリーのBUSにのればまにあうはず、って言う歌詞がすごすぎるし。いまここ。

なんか久しぶりにゆっくり時間を贅沢に自分のためのたのしみに読書を使ったかんじで面白かった。
そもそも、昔よく、知性がなくて粗暴で常識がなくて深く考えない人みたいに、
しゃべってたら対応されたりしたけれど、基本私熟考したり本読むの結構すきやからね。
足らん知識も結構あるけれど、よく考えないやつ的な印象けっこうされたし、、、、。
でも、まあ今は恵まれて恵まれてだから、逆に考えてなかったのに考えて見えたり、、、。
不思議なものです。私が生きていくことって。

長くなった。と、まあたぶん私はくるりというバンドをずっと応援するということですわ。はい。おしまい。

c0008771_23221225.jpg

[PR]
by premiertack | 2016-10-02 23:55 | 日常の出来事