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カツどん。
c0008771_22191751.jpgこの日は朝からスーパーの惣菜の298円の半額になったシールのカツどんを食べて、
昼ごはんにもカツどんを食べた。
これだけ食べても、また食べたいと思う食事というのがカツ丼である。
2、3年前ならば、この50%増しくらいの、
大盛を食べれたが今回この普通で精一杯。
太ってしまって、食が減るって。どうなよ。

PM11:25 世の中には病気等で満足に食べられない人もいる。
気晴らしに好きなところに、食事に出かけられるのを感謝せねばいけない。
という側面が抜けていました。申し訳ありません。でも、ほんとにおいしかったです。
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by premiertack | 2011-02-26 22:26 | 食べ歩き愛好会
振り返ると。
最近の自分の記事を見返すとちょっと根が詰まっているようで、
もし、覗いてくれている人が心配しておられるようだと迷惑をかけ申し訳ありません。
特に話題はないのですが念のためすみません。ありがとうございます。
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by premiertack | 2011-02-13 23:36 | 思う事
2/3(鬼)信憑性面白みが中途なので投稿しなかった文。
「髀肉之嘆」について

中学生時分、故事成語に興味があった時期があって、
とくには「史記」「三国志」の時代のものに敏感だった。
「髀肉之嘆」というのが結構印象に残っていて、
劉備が客人として荊州にいる際にだったと思うが、
「最近馬に乗っていないので、太ももの肉が落ちて寂しい」
と、呟いた。というものだった。

これが、なんで成語として今に残されるのか、「矛盾」「塞翁が馬」、
のように、話としてわかりやすい部類ではないけれど、
結構長い間、この故事のことは心に残っていた。

話が変わって、自分自身の最近の出来事だけれども、どうも私の、
太ももの内側に、今までなかった、妊娠線のような少したるんだ線(?)、
ができていることに気がついた。なんだろうな、と思っていると、
その少し後に読んでいた、からだに関する本の内容で(題名は忘れた)、
内太腿は精力に密接に関係する部位のひとつだ、と記してあり、
すなわち、太ももの肉が落ちて寂しい、というのは、
劉備自身が、精力の減退というものを自覚し始めた事に対しての嘆き、
という事を馬にすり替えた人情的な逸話で、奥が深い成語だと気がついた。

実際、この成語に感心したからといって、実生活がどうなるわけでもない。
内太ももの張りのある女の子を見つけて、健康的な女の子だし、、
とか判断の基準になる、とかいうわけでなく、
だいたい、女の子の内太ももはテレビのモニターや写真集でしか、
なかなか見ることもないし、もし見て張りがない、
と言ったところで、他人事でしかない。

とにかく、自分自身の太ももが張りが減ると、この言葉どおり確かに嘆く。
ということが、この年になって、やっと実感しはじめたことによって、
「髀肉之嘆」という言葉が、結構好きな言葉になっているのが、
なんとも面白い今日この頃になりました。

(注; あくまでも私自身の成語の感想であり、内容は主観的なものであり、
    真実や正確性のある記事として書いたものではありません。)
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by premiertack | 2011-02-07 21:02 | なんとなく