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マニアマスターが。
自由がどうとか言う以前に、私は原則があると思う。
例えば原則として、時間を節約すべきだという前提があるとする。
この場合、まず手始めとしてひとつの案件を近道で示すことができた。
まず無難に原則にのっとり、手間を取らせず時間を節約する。一件落着。
このことにより普段に組み込まれ、対してまた違う案件でも近道が示せる。
慣れたもので、大体のことには時間をとらせることがない。

すると、逆のことが起こり始める。時間がかかってしまうのだ。
持ち込めば肝心の案件の早期解決よりも、近道の手順のトリックや、
自己との相違性、展開の華やかさといった技法の方向に気持ちが奪われて、
結局、しくみはどうとか、何かに応用して得ができそうだとか、
生活における雑念と煩悩が、華やかな自己理想像と重なり、酒席のような、
無為(?)な時間が浪費されていくような感覚になってくる。

妙なもので、利用するためのものを、と利用して自分でがんばって、
何とかしよう、とすればするほど頑張ろうとする人の時間を浪費する。
そうこうすると、楽観者がトリック解明にはやる現状などに遭遇し、
いずれにもに対し使われるの軽視、活用がない時間稼ぎが憎くもなる。
時間がかからないことを実践しようとの場で、時間がかかりすぎるのだ。

ややこしくなり、当初表現したかったことが言葉になっていない。

ともかくも、シンプルに考え直せば、
時間がかからないためのお節介の技法にとらわれて、自由だので、
注意をひきつけておき、自らの場の華やかなトリックによる
神秘性現世性の誤解を修正せず、シンパシーにより守られて、
多くの人がわからぬまま時間を浪費する、というのは、
現状私が考える、時間節約の原則というものを正しくないと思わせた。

これはまだ通過点で、私が青いことだけを露呈したかもしれないし、
また、原則、という今回の問題を時間をかかって考えて、
なんか、心に重たいものが残って、いやな感じが戻ってきた気がする。


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by premiertack | 2010-02-23 23:57 | 思う事
無理から。
AM5:40
なんだか珍しく、あんまり気乗りのしない子に横にいてもらって、
申し訳ないけれどいてもらって、何をどうしたとかはまったくなく、
すいませんが、という感じだけが残って、出ることとなった。
後味がいまひとつよくなくて、強引ぽい。
一度が、もう少しで二度、三度ほど山があった気がするが、
出たがもう少し出るか、という何と考えたのかそれはなしなのかの意識がある。
ほとんど痛くなく、気がつくと部屋の温度のせいか冷たくなり、
すでに水っぽくなって、しみているようなかんじだった。
少し多いかもしれないというくらい。まとわりつかなかったので、
たぶん水っぽいのだったのだろう。おわり。
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by premiertack | 2010-02-19 06:22 |