人を助ける。
無意識というのをもう一度読んだ本で自分の感覚をまとめてみる。

唯識説では人間の感覚五感および意識の六識に対し、
末那識、アーラヤ識の無意識の領域があり、
魂や生死にかかわらず、中陰による分離(?)
に際しても、無意識は次生に転生するとすれば、
現生私たちも、無意識の領域に過去からの、
データが蓄積されているものが、表面に現れるときがある。
徳に関しては意識を持って行うが、
人助けの成果は無意識の領域に溜まる魂(?)に光を残すのか。
また、サマディのような高度な次元においては、
中陰に触れるような経験も氷山の一角を削る感覚で垣間見える。
中陰に関して、光を探したり眠りのような、
夢のような断片、は曼荼羅や仏像に表されるような、
修行者の体験経験などを、自分なりに咀嚼して、
断片的に自分も、理論を脱皮させていかなければならない。

その他、いろいろ本を読んで考えた。
これが正しいとは思わないし、頓珍漢かもしれないし、
生兵法は逆に何もしないほうがまし、ということかもしれないが、
今日は生死について考えるのにちょうどいい日だったので、
考えたことを残すことにする。

もっと年をとって、知識や経験などから、
こんな甘いことを言っていた、という恥ずかしい文章になるように、
今後、心や精神についても、文献を読んだり考えたりしてみたい。
私は霊性はそんなにないから、まあそれなりだろうけど残す。


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by premiertack | 2017-03-11 23:36 | 日常の出来事
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