デフォルト。
育つということはめでたいということ。だけれど、自分本位だと妬ましくもあるのが私は悔しい。
ともあれ、今の歳になってしまえば、ゆっくりとこなすことだけをこなせば季節が変わる。
劇的な体験と時間がやはり得にくい。

話が少し変わるが、。
もし私が育てることに寄与することができるなら、精一杯努めたい。
例えば、疑問や質問思うことや向上したいこと目的の補助後押し、何でもかまわないが、
私にまっすぐに誠意を持って預けてもらったものは、利子をつけて大きくして返したい。

私は原点にはやはりわらしべ長者の考えがあって、よく応用する。
ほしがっているものを提供して大きくする。自分が得をする。
これなんだけれど、これを相手にも当てはめたい。
相手がなにか持っているものを私と交換して(貸して)、もっといいものを得てもらったら私はうれしい。
もちろん、私が持っていないものもあるだろうし、利子を大きくできないばかりか、
迷惑をして私が逆に借りてしまう、ということが心理的に起こってしまうこともありかねない。

ともかく、でも私はあんまり心配せず、よいと思うことを繰り返して、
私も周囲も世間もよいように育って生きたいと思います。

と、書いたがいまいち成長のスピードが速すぎたりすると、
私自身が怖くなってしまって、負けそうになるので、退化を踏ん張って努力はやめないようにって、
若いころからの反応の癖で、焦ってしまうけれど、与えられた状況から考えると、
負けず嫌いを社会的に変化させて、自分の立場として経験分相応の心理的発散の変化のステージかもしれない。
ともかく、同じ舞台でというようりも、老練、反応を鈍く性格に、舞台上を準備して見渡すといった、
心理的スキルを鍛錬することが、求められているのかもしれない。

でも、なかなか病気や挫折をしないと、反応とかの性格はなかなか努力で改善しにくいので大変かも。
というか、ちょっと今の季節考えすぎなのかもね。

まあなるようになる、しかないのだけれど、、。と。

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by premiertack | 2016-08-28 23:13 | 日常の出来事
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